2009年11月04日

091014覚書その2

いろいろ。思い出し書きほか。すっかり秋の空。金木犀の香りが方々からする。この香りも昔はけっこう苦手だったような気がするけれど、いつの間にかそうでもなくなった。渋谷文化村で開催中の「ベルギー幻想美術館」展を見る。クノップフとかデルヴォーとか久しぶり。まあマイナーだし普通に並ばずに見られるだろうと思ったら、案の定そうだった。姫路市立美術館の収蔵品だそうだが、えらくマニアックな学芸員もいたもんだと感心する。それとも個人の収集家が寄贈でもしたんだろうか。いずれにせよベルギーという括りでこの作品量が集まっているのはすごい。クノップフは3点のみとちょっと少なく、その一方でデルヴォーは凄く多くて、その偏りっぷりが気になった。看板に偽りあり、とまでは言わないが。それだけあってデルヴォーのディテールに対する偏執は余す所なく見られる。この人は本当にディテールにその興味が集中してるんだな。全体に対する構成とか、人体のデッサンとかは二の次だというのがよくわかる。レースとかのディテールに傾けられている作業量と、それ以外の部分のぞんざいさの落差が凄まじい。体裁上塗らなきゃいけないから仕方なく塗ったと言わんばかりのべた塗りも一向気にしちゃいないみたいだ。パースペクティブについても申し訳程度に、というか一応お約束だから取っているだけのようで、正確であろうという意思は皆無だ。むしろ近景・中景・遠景ですべて違うパースになってるとこなんか、わざわざそういう不安な空間にしてるんだろうな。列車なんかが好きな割にすごく感覚的だ。そんな無頓着ないしアンビバレンツが画面に定着されていて、なんだか見ていて居心地が悪い様なざわざわした気持ちになる。不思議な画家だ。次いで多かったのはマグリット。マグリットは日本でも結構人気があるからしょっちゅう展覧会やってる印象があるけど、どの辺が日本人好みなんだろうか。「光の帝国」とか「白紙委任状」とか、藤子不二雄Aがネタにした「ピレネーの城」とかあたりがいいんだろうか。確かにこの辺印象的な絵面で分かりやすい「気がしそう」なんだけど、マグリットの塗りって平坦な感じがして西洋絵画の有り難みからはちょっと遠いとこにある気がするんだよな。逆にその平坦さが日本人の美意識に触れるんだろうか。マグリットの後半に展示されていた版画集の図案は、テリー・ギリアム的なアニメーションで動くとこばかりが想像されて、これはこれで今までにない感覚だった。「伝説の椅子」なんてもうタイミングまで妄想できる。あと、ペン画に着彩した物がいくつかあったが、これが意外といいタッチでよかった。個人的にはぺったりした油彩よりもこっちの方が好きかも知れない。総じて楽しい展覧会だった。何しろ見るのに何のストレスもなく、快適この上ない。人波をかき分けたり流されたりして、半ば義務のようにして絵を見るのは正直苦痛だ。文化村前の沖縄料理店でラフテー定食。美味。オリオンビールも美味い。「エスター」を観る。ダーク・キャッスルもの。渋谷東急。実はこの渋谷東急という劇場に、生まれて初めて来た。昔は下北からほど近いこの渋谷で結構映画を見ていたはずなのに、ただの一度も入ったことのない映画館があるなんてちょっと驚異的だ。ダークキャッスルと言えば一部ホラーマニアには説明するまでもない意欲的なホラー映画専門レーベルだが、今回はリメイク版「肉の蝋人形」監督の新作。もうどうせ誰も観ないであろうから気にせず書くならば「恐怖の合法ロリ」。以上、終わり。すべてのミスリードと、すべてのシークエンスの積み上げがこのネタに向けて収束する気持ちいいほどの絶叫コースター。肩すかしをされ、核心から遠のき気がつけば途方もない高さに持ち上げられていて、そこから一気に破滅的な真実に向けて落下する。翻って言えば大ネタありきの映画なのだけど、そこへ向かうカットの積み方が実にいやらしい。所謂普通のホラー映画にある定番カットが、悉く肩すかし。何か思わせぶりな視線の誘導があるにも関わらず、何もない。何かありそうなガジェットが現れてるのに、何も起こらない。いや、今この瞬間起こらないだけで、あとではきっちり事件は起こるのだ。その瞬間まで普通のホラーにありがちな展開を、予期させられ、裏切られる。「ホラーの文法(あるいはホラーの定型文)」に慣れ親しんだ観客であればあるほど、フラストレーションを蓄積させられてゆくタチの悪い周到さがこの映画の持ち味だ。怪異は何一つ登場せず、予期せぬペテンで塗りたくられた真実が遥か海の彼方から告げられるときには、すでに事態は取り返しのつかないところに来ているこの絶望感。もうあまりに酷くて楽しくて笑いながら大喜びで観てしまった。この映画の上映中笑っていたのは僕らだけではなく、周辺の観客もしっかりと笑いどころで笑っていた。実はそういう理想的な環境でホラー映画を見たことがあんまりなかったのでちょっと感動してしまった。楳図かずお御大も言うように、ホラーと笑いとは同じ円環上にあって背中合わせであり、その境界線は危うくも容易に越えられ得るものであって、実はしばしばその境界が平然と侵犯されている現場に遭遇するものである。そのタイミングでしっかり笑えるのは、逆にジャンルということに必要以上に縛られずにホラーを感じることのできる観客だけなのだ。ロシアから来たからっておもむろにロシアンルーレットをやろうとするキャラって、僕はあんまり見たことない。というか「ロシア」の記号になんないだろ普通。そういう盆暗さが平然と織り込まれているとこも素晴らしい。だからって別に人に薦めたりは一切しないが。こういう映画は自ら選び取る物好きだけが観ればいいのだ。いろいろ、ある。疲れる。人間関係の軋轢や心労ほど下らなく、消耗させるものはない。豪雨の中、図書館の「あきまん個展」を見に行く。今はターンAガンダム関係の絵が多く展示されている。DVD1巻のジャケット絵が額装されて飾られていて実に壮観。他にも様々な絵が展示されていて、間近で見られる。デジタル彩色のものも、別途ファイリングされた原画が見られて興味深い。中高生の頃からファンではあるものの、職業的には大先輩にあたる人の仕事集、しかも肉筆画稿ということもあって、ほとんど技術を盗む感覚で見てしまう。なんだか見ていると色々な発見があり、色々なことを考える。どこまで何を描くのか、どういう手順で進めているのか。考え方は、捉え方は。気持ちのいい描線だなぁ、と見蕩れていると疲れた気持ちが澄んでいく。結局のところ、僕の心の拠り所も、僕の喜びも「絵」と「絵という行為」と共にあるのだと強く心にかみしめながら、目から吸収するように絵を見た。ちょっと沈んでいた気持ちが上向いた。まだまだ、もっと頑張れると確信する。その手だてを僕は持っている。自分が元気になるための手だては、畢竟自分の中にしかないのだ。この間録ったドラマ版「仁」を見る。改変部分はあるけれど、セットが貧弱なのは否めないけれど、でもそれでも相当頑張ってやっている方だ。よく時代劇をやろうなんて思ったもんだと感心する。とりあえず継続して見てみよう。緒方洪庵武田鉄矢なのか!最後の方、お茶の水医科歯科大あたりから神田川をまたいだ対岸がごっそり削り取られて凄まじく低い土地とされ、町並みの広がりになっているのは正直頂けなかったが。まあ地形が致命的に間違ってるとか多分普通は考えない、心底どうだっていいことなんだろう。「パースペクティブ」をどう人にわかりやすく伝えるのか、に関してずっと悩み続けている。半分くらいまで作ったレジュメを放棄してアドリブでやってしまった方がもしかしたらいいんだろうか。人にものを教えるのは本当に難しい。
posted by vosburfrzj at 14:46| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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